農園整備

みかん・伊予柑の収穫期を過ぎましたが、農園の仕事は落ち着きません。
収穫をより効率的にするため、伊予柑の木を間伐したり、余分な枝を落としたりしています。
切り落とした枝葉で地面が見えないほどです。

もったいないようですが、木の間隔が狭かったり、枝葉が茂りすぎていると、光合成も十分に出来ず、果樹の色づきも悪くなります。
また、収穫した果樹をモノレールに運ぶにも時間と人手もかかります。
どうすれば効率よく良い製品が作れるのかを常に考えています。
理想の農地になるよう、毎日が大切です。

天候だけではなく、最近はイノシシの被害がひどく、各農家で協力して防護柵を立てるのですが、面積が広いため膨大な費用がかかります。
新規就農で、まだ、収益が上がってない中での設備投資は本当に大変です。

こういうことから、農業は若者の仕事として敬遠されがちですが、いつか、夢が持てる仕事にしていきたいと思います。

初めての「伊予柑ジュース」

3月14日のホワイトデーに、宇和島の愛工房さんに行きました。
愛工房さんは、自社製品のジュースのほかに、農家が持ち込めば個人搾汁をしてくれます。
11月には「温州ミカン」を持ち込みましたが、今回は初めて「伊予柑」を持っていきジュースに加工してもらいました。

今回は日帰りで受けていただけたので、朝8:00に持ち込み、出来上がるまでの間に宇和島の「きさいや広場」まで足を延ばしました。
「きさいや広場」は道の駅ですが、人気スポットです。
「きさいや広場」には西日本唯一の「ROYCE’」通年販売店があり、宇和島方面に行くときは必ずチョコレートを買います。
弟などは、「ポテトチップチョコレート」が好きで大量買いし、賞味期限に追われながら食べ続けていました。
(さすがに懲りたのか今は大量買いはしていません)

ほかの道の駅にも行き農産品を見るなどして時間をつぶし、遅めの昼ご飯を食べているとジュース完成の連絡が入りました。
搾りたてのジュースにテンションがあがります。

家に戻り、まずはストレートで飲んでみました。
みかんジュースに比べると、酸味のあるすっきりとした味でなので、お酒に合いそうです。カクテルを作る人なら素敵なカクテルに仕上げてくれるんだろうなと思います。
また、前に作った「温州みかんジュース」と混ぜると、みかんと伊予柑の良いところが相乗され、これまたおいしいのです。
飲む人それぞれの好みに合わせて自分でオリジナルブレンドが作れそうです。

これから販売に向けていろいろ考えていきます。

農園開拓

農業を開始して間もなく1年です。
開始した時には予想もしない展開でスタート時期よりも倍以上の農地を抱えています。

増えた農地は持ち主だった方の高齢化により数年放置されていたものです。
元々はとても良い農地だったので、元の状態に戻すべく開拓や剪定を頑張っています。

ただ、かなりの急こう配のため、運搬用モノレールがなくては、仕事になりません。
そのモノレールの走行を地味にイノシシが妨害しています。

農地にゴロゴロしている石をモノレールの下に突っ込んだりしています。
(そのままモノレールを走らせたら大事故です。)

なぜ、大きな石がゴロゴロしているかと言うと、興居島の小富士山(標高282m)は、名前の通り小さな富士山の形ですが、富士山と同じようにかつては火山でした。
その火山岩が自然とあたりにあるのです。
それを昔の島民の方々が、山を開きながら石積みに利用して段々畑にしたのです。
今、同じことをやれと言われてもはとても出来ません。

こうした貴重な段々畑を廃園にすることなく、自分たちが農地として活かして守っていきたいと思います。

伊予柑の手選別

伊予柑の収穫はほぼ終わり、農協に出荷するための選別を手作業でしています。
大きさは選果機で簡単に選別できますが、色や形や汚れなどは自分たちで確認します。
これまでは、汚れを布でふき取っていましたが、今年は、便利グッズを使っています。

ただの手袋に見えますが、実は、みかんみがき専用の手袋です。
肌触りはとても柔らかく、気持ち良いです。
布と違って、細かな部分まで磨けるので重宝しています。

伊予柑を一個ずつ大切に出荷しています。

伊予柑の皮むき便利グッズ

伊予柑のシーズンです。
伊予柑の出荷基準は厳しく、選別の段階で厳しくするのはもちろんですが、収穫の段階でもかなり気を使います。
「色」「大きさ」「形」「傷・汚れ」「虫」などです。

「色」については、今シーズンは色づきが遅く、年が明けて寒くなってからようやく収穫できるレベルまで色づきました。
同じ木でも色づいていないものは収穫しないため、同じ場所に何度も行くことになり、効率が悪いです。

色づきもよく、大きく、表面に傷や汚れもない「秀品」クラスのものでも、例えばヘタの周りが盛り上がったデコポン状になったものは、出荷できません。
仕方なく自家消費していますが、味は一級品ですから形だけで出荷できないのは本当にもったいないです。

伊予柑はとてもおいしいのですが、みかんと違って若い人には人気がありません。
理由の一つは、皮をむくのが面倒だからだと思います。

手を汚さずに、とはいきませんが、皮をむくのが楽しくなる「便利グッズ」があります。
僕が使っているのは「ムッキーちゃん」(商品名)です。

まずは、プラスチックの刃がついている方で、伊予柑の皮を一周させて中の実を取り出します。
(むいた皮は、薄皮入れになります)

次に、金属の刃がついた方を置き、その上を伊予柑のふさをスライドさせます。
そうすると、ふさの端に切れ目が入り、手で簡単にむけます。それをお皿に盛りつけてフォークで食べます。

ちょっと面倒かもしれませんが、テレビを見ながらまとめてむいで、冷蔵庫に冷やしておいて、好きな時に好きなだけ食べるのも良いと思います。

興居島の伊予柑は本当に美味しいので、たくさんの人に食べてほしいです。

新年おめでとうございます。

2018年になりました。
写真は、「初日の出」と言いたいところですが、島を背景にした夕日です。

「宮内いよかん」の最盛期なので、元旦から多くの農家さんが帰省してきた家族・親類とともに収穫をしています。
小秋農園では、収穫はしなかったものの、初の決算を迎え伝票の照らし合わせに追われる一日でした。

4月に農園を継ぎ、毎日大変ですが、充実しています。
本年もよろしくお願いいたします。

温州ミカン 加工品づくり

早生(わせ)温州みかんの収穫が終わり、伊予柑への施肥や農地の整備をしています。
その合間に、加工品の試作をしています。

ジュースについては、初めて宇和島の愛工房さんの個人搾汁を利用しました。
ペーハー4以下なら賞味期限が1年ですが、ペーハー4以上だと賞味期限が短くなると聞いていたので、青いみかんを混ぜてみたりしましたが、正直、どんな味になるのか不安でした。

完成したジュースを飲んでびっくり。
自画自賛ではなく、おいしいのです。
甘いだけではなく、酸味のバランスが良く、とにかく後味がまったく違うのです。
家族で試飲会をして喜びました。

とは言え、世間に「みかんジュース」が乱立する中で、自分のジュースをまずは知ってもらうため、今後、いろいろな方に試飲してもらいたいと思っています。

話しは変わりますが、「みかん大福」を母と試作しました。
初めてなので、粉の扱いに四苦八苦しましたが、おいしくできました。
ただ、みかんを丸々1個使うと、大きさが食べにくいサイズになってしまうのが難点です。
こちらについては、これから試作を重ねていきます。
いつかイベントなどで販売出来たら嬉しいです。

早生みかん取入れ開始

11月5日から「早生(わせ)みかん」の取入れを開始しました。
みかんには10月から収穫のできる「極早生(ごくわせ)みかん」もありますが、自分の農園には植えていません。
「早生みかん」だと、11月の中旬以降に収穫を開始するのですが、今年はカラスとイノシシの被害がひどく、急遽早めに収穫を開始しました。

カラスの食べ方はマナーが悪いです。1個完食してくれるならまだしも、少しつついては別のみかんを食べるという食べ方をするため、被害が大きいのです。
イノシシも、みかんの実が色づくまでは、木の周りの地面を掘ることで草も取ってくれる(ほんの少しだけ手伝ってくれる?)面もありましたが、今は、害獣です。
地域でイノシシの被害防止策に取り組んでいるところです。

収穫している間、カラスが抗議するように鳴いていましたが、泣きたいのはこちらです。
どういうわけか、他の農家さんの畑に比べて、カラスの被害が大きいのに頭を悩ましています。

今年は初年度なので、剪定が十分に出来ていなかったりと収穫量は少なめですが、味はおいしいです。
見た目が悪いものは実験的にジュースに加工してみようと思っています。
来年からは販売できるようにブランド化していきたいです。

みかんが実ったので、表紙の写真を変えます。

愛媛県指定無形民俗文化財「船踊り」

毎年10月の第一土曜日は、興居島の船越和気比売神社の祭りがあります。
神社の前には港があり、神輿は船で渡ってきます。
その港に船の上に舞台を設けた「船踊り」の舞台が出現します。

由来は、戦いを終えた伊予水軍が凱旋した折、島民に戦いの模様を船上で踊りとして再現して見せたことからと言われており、今では、歌舞伎のように衣装と化粧をして、太鼓の独特のリズムに合わせて舞います。セリフなどはなくすべてを踊りで表現します。

由良地区と泊地区で1年交代で演じるのですが、今年は、自分たちの住む泊地区の番でした。
なんと、今年初めて、その踊り手に挑戦しました。
(家族・親類皆びっくりです。)

というのも、生粋の島生まれ島育ちでない自分には、リズム感も動きも習い覚えていく状態で、他の人のように自然に体が動くのには追い付きません。
それでも、諸先輩方や、同じ踊り手の仲間から教えてもらい、少しずつ踊れるようになってきました。
何よりも、自分を受け入れてくれたことに、本当に感謝です。

「踊り手をする」と言うのが親類に知れると、遠方のおばたちが、50年ぶりに「船踊り」を見に来ることになりました。
おばたちは「うちの家から『踊り手』が出るなんて!!」と大感激で、それほどに、昔は選ばれることが名誉だったのだとわかりました。

踊りを見るまでは、「もう年だから船踊りを見るのは最後かもしれない」と言っていたのが、見た後は、「2年後も絶対に見に来る!」と喜んでくれて良かったと思いました。
自分も含め、演じ手に10代・20代と若手が多いのは、嬉しいことです。
農業も伝統も若手で守っていけれたら、と思います。

クリスマスツリー?

草刈りをして整地をしている中に「クリスマスツリー」があります。
と言っても、もちろん本当のツリーではなく、つる草のツリーです。

土台は何かと言うと、スプリンクラーです。
放置されていたスプリンクラーにつる草がからまり、こんなになってしまいました。

いっそのこと12月まで置いておいて、電飾でもしようかとも思いましたが、真面目に農地に戻しました。
このエリアに何を植えようかと、考えているところです。

毎日、確実に農地が整備され広がっていくのが楽しみです。